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モダンラブ東京『彼を信じていた十三日間』

新潟国際アニメーション映画祭への長期出張などあって3月は投稿できなかったが、頑張って映画館には行っていた。パッと思い出せる範囲で『エブリシング・エブリウェア・オールアットワンス』、『Winny』、『シン・仮面ライダー』、『ノック 終末の訪問者』、『逆転のトライアングル』、『別れる決心』、『金の国 水の国』、『ユニコーン・ウォーズ』(映画祭で)、『めくらやなぎと眠る女』(これも映画祭)、ほか配信でいろいろと。

今回書くのはアマゾンプライムオリジナルのオムニバスシリーズ「モダンラブ東京」の中の一作品、黒沢清監督『彼を信じていた十三日間』。配信が開始されたのは昨年秋で、そこから本作が好きすぎて何度も見ている。

黒沢監督の言葉をそのままお借りすると、主演の二人が紡ぐ世界が本当に神話のようだ。ユースケ・サンタマリアが到着間もないホットコーヒーを一気に飲み干すから、ひょっとして幽霊なのかと思った。永作博美は会社で所謂パワハラをするタイプで、故に失敗をしても調子が悪そうでも、誰にも話しかけられることはない。そんな彼女がマッチングサービスで間違って現れた、あっけらかんと距離をとって踏み込んでこないユースケに心がほどけていくのだった。

見るたびに、いつも同じところで涙が出る。ユースケがいなくなってしまったと思い込んだ永作博美が彼を探し回ると、長い下り坂の向こうに小さく彼を見つける。似た色の服装をした人が数人いるのでこちらが判別しかねている間に、もう彼女は彼に向って駆けだしている。それまで他者を全然見ていなかった彼女が、会って間もない彼を、誰よりも先に見つけている。自分の正体をユースケが明かすところで流れる音楽がまた美しくて、今年見たベストシーンくらいに素晴らしいんですよ。誰かと分かち合いたい。

黒沢監督作品の中では『岸辺の旅』が一番好きです。見た方はわかると思うけど、死を思わせる照明の使い方が、そのまま本作にも継承されている。

『岸辺の旅』は、「俺、死んだよ。」と3年前に失踪した夫が幽霊となって現れ、3年間幽霊としてこの世に紛れ歩んだ日々を、妻にも見せようと二人で旅に出るのだが、なぜ妻はついていったのだろう。

幽霊ゆえの事情(こう書くとおかしいが)があったにせよ、すぐに自分のところには帰ってこなかった。それどころか3年の間に出会った人々と人間関係を築き、それなりに充実したように見える日々を送っていた。ましてや彼は自死である。自分がいなくても自立した人生を歩める人なのだと確認するのは、怖くなかったのだろうか。
しかしそれが他者というものなんだな。夫であっても。自分との関係性だけがその人ではないと理解し、どういう人であるのか受け止めることは本当に難しい。それによって彼女も、ようやく歩きだすことができたのだけど。

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