クリエイティブシェアオフィスtabの公式サイトです。

三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』

何故かはわからないがボクシング映画が好きだ。『サウスポー』『アンチェイン』『百円の恋』『アンダードッグ』『Blue』…

昨年最も楽しみにしていた映画のひとつ、三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』をシアターキノで。三宅監督は『The Cockpit』を札幌爆音上映でお招きしてからずっと追い続けています。

この言葉は慎重に使いたいのだけど、使うとしたら今、『ケイコ 目を澄ませて』は傑作だった。ボクシングジムで聞こえる音が徐々に重なっていくオープニングからもう、500点。音楽セッションのようなんですよ。

実在のボクサーを原案としているのだが、女性、しかも聾者である設定はとても物語になりやすそうだ。ところが痛みを嫌い、プロになっても怖さに及び腰なケイコには必然といえる目標があるわけでなく、よって映画にわかりやすいカタルシスは用意されてもいない。

しかし、主演の岸井ゆきのがすごい。全精神力をかけて臨まなければ乗り越えられないミット打ちを繰り返し、毎日のトレーニングにより昨日から少し進んだ今日があり、逆に立ち止まる今日もあり、言葉ではなく、すごい!とため息が出るような「できた!」の積み重ねの感動は、映画でしか体験できない。昨日と違う今日を感じること以上に、一体何があるというのだろうか。

冒頭の話に戻るが、何故ボクシング映画が好きなのか。三宅監督のインタビューで、「強い痛みを伴い、怪我と戦う前提のボクシングを何故やるのか。それは、どうせ死ぬのに何故今日を生きようとするのかの問いに似ている」と言っていた。映画を見る理由のようだ。答えのない問いを抱えて生きる様において、山﨑樹一郎監督『やまぶき』と通じるものがあった。

映画館からの帰り道、すれ違う人々が全然違う風景に見えた。まだミットの音が息遣いのように耳に残っている。

page_top